パン作り研究所
My Baker Life at Home
原材料知識

発酵の要 パン酵母の働きと性質

パンといえば発酵ですね。
パン酵母は英語でイースト(Yeast)と呼ばれる生き物です。
パン生地の発酵はパン酵母の生命活動です。
酸素のある環境では「呼吸」というものをおこない、エネルギーを積極的に作り出し繁殖します。
大手パンメーカーが使用するようなイーストは積極的に酸素を供給して繁殖させたものを利用しています。
そして、パン生地の中のような酸素の少ない状況では繁殖を止め「発酵」をおこないます。
発酵ではパン生地に含まれる糖をアルコールと炭酸ガスに分解しながらエネルギーを得ます。
他にも有機酸やアミノ酸や芳香成分を生み出し、パンの香りを作ります。
パン生地を膨らませるだけならばベーキングパウダー等でも事足りるはずですが、パン酵母を使うのは発酵によって生み出される成分がパン生地や焼きあがったパンに良い影響を与えるからです。

目次

パン酵母の種類

一口にパン酵母といっても色々な種類を聞いたことがあると思います。
生イースト
ドライイースト(インスタントドライイースト)
自家製発酵種(天然酵母)

酵母は非常に小さな単細胞の植物で分類学的には「菌類」に属します。
生イースト、ドライイーストは工業的に培養されたパン酵母です。
それに対して自家製発酵種(天然酵母)は野生酵母を時間をかけて増殖させたものです。
工業イーストを人造イーストと呼ぶ方もいるようですが、養殖ものと天然ものくらいの差だと
思ってもらうと良いと思います。(生命を簡単に安価に人造できたらヤバイですね)

生イーストは糖蜜(エサ)と酸素を供給して温度、pH(酸性の度合い)を調整することで増殖させます。
増殖したイーストを水で洗浄し不純物を取り除くことでクリーム状のイーストを作ります。
クリーム状のイーストを脱水して成型することで生イーストが作られます。
それをさらに乾燥させたものがドライイーストとなります。

自家製発酵種(天然酵母)は、空気中に漂う酵母や小麦粉等の原料に棲んでいる酵母を増殖させて利用します。
出来上がった自家製発酵種には酵母と乳酸菌が多く含まれていますが、最初は雑菌が多く含まれています。
酵母、乳酸菌が増えていくと雑菌が淘汰されていきますが、雑菌が優勢となり腐ってしまうリスクもあります。
しかし、酵母、乳酸菌の複雑な菌叢(きんそう)が多くの発酵生成物を生み出し、唯一無二の味、香りを表現することができます。
自家製発酵種の調製は奥が深く、生地温度、発酵室温、原料、水分量、部屋に生息する菌叢等多くの条件により変化します。
私、しろも自家製発酵種の研究は本職でやっており、かなり楽しいです。

発酵中に何が起きているのか

パン酵母はパン生地中の糖を消費して炭酸ガス、アルコール、香気成分、アミノ酸、有機酸等を生み出します。また、パン生地を柔軟で伸展性の高いものに変化させ、生地膜を良く伸びる薄い膜にすることができます。
炭酸ガスはパンをふっくらとさせる気泡構造の元となります。
アルコールはグルテンを軟化させます。また、雑菌の繁殖を抑え焼きあがったパンにカビが生えにくくもなります。
香気成分、アミノ酸は焼成時に化学反応を起こし、パンの焼けた香ばしい香りを形成します。
有機酸は生地のpH(酸性の度合い)を下げ、SH基ーSS結合を強化し、また、パン酵母の活性を上げ活発に活動するようになります。

パン酵母はブドウ糖、果糖のような単糖類を取り込みアルコールと炭酸ガスを発生させます。
複糖類は直接取り込むことができません。
ショ糖はインベルターゼという酵素を利用してブドウ糖と果糖に分解して取り込みます。
麦芽糖はマルターゼという酵素を利用してブドウ糖2分子に分解して取り込みます。
実はこのインベルターゼとマルターゼの活性の強さによって高糖用イースト、低糖用イーストが作られます。
インベルターゼ活性の強いものは砂糖を分解しやすいので高糖用イースト。
マルターゼ活性の強いものは小麦粉に多く含まれる麦芽糖を分解しやすいので低糖用イーストとなります。

発酵生成物

炭酸ガス、アルコールはパンを作っていると良く目撃すると思います。発酵をとることでパン生地が膨らむ。これは炭酸ガスが作られているからです。また、発酵を長くとるとアルコールのにおいが強くなると思います。
それに比べ見えにくいのが香気成分、アミノ酸、有機酸です。
香気成分は高級アルコール等(高いお酒ではありません)からなります。そして、アミノ酸等と共に焼成時に化学反応を起こし、焼けたパンの香りを作り出します。
パン生地中に多い有機酸には酢酸と乳酸があげられます。自家製発酵種でも重要になってくる有機酸です。有機酸は生地のpHを下げ、生地を酸化させることでグルテンの結合を強化し、pHが下がることでパン酵母の活動しやすい環境を作ります。

焼成後のパンに残る成分

焼成によりアルコールは蒸発しますが、一部パンに残ります。
アミノ酸は化学反応を起こし焼きたてパンの香りを作り出します。
パンの香りは糖とアミノ酸が反応して起こるメイラード反応(アミノカルボニル反応)によって生成されるメラノイジンの強い香りと生地発酵で生成されるアルコール、有機酸、エステル類、アルデヒド類、ケトン類によって作られます。
この香気成分は焼成直後が最も強い香気となり、時間とともに揮発して香りが薄くなっていきます。焼きたてパンが美味しいと感じる理由のひとつですね。